団長日記
短くなったのは「秋」ではなくて「冬」?!
『インタレスト』の最終号の納品をほぼ終え、12月から四国学院大学の冬学期が始まった。年明けて2月中旬に冬学期が終わると、来年の4月からは大学のいろんな業務からも開放され、授業数も一気に減らして、人生の第4局面の「穏やかな老後へのフェイドアウト」に入る(笑)。
(第1局面)最初の約22年間……社会に出る前の浅はかな時代。
(第2局面)次の約25年間………広告代理店4年とタウン情報誌21年の“業界”っぽい時代。
(第3局面)次の約22年間………大学教員の時代。
(第4局面)そこから死ぬまで…穏やかな老後へのフェイドアウト時代。
という感じである。といっても、別に若い時から人生設計をしていたわけではなく、それぞれの局面でそれなりに一生懸命、それなりに誠実に、クリエイティブにやっていたら、20数年ごとに勝手に転機がやってきて、結果的にこうなったという感じである。家も建てられず、大した財産もないままであるが、伴侶にも恵まれ(ここ強調・笑)、「ここまで、まあおもっしょかったなあ」ということでよしとしておく。
というわけで、『超麺通団5』のどこかに「年内にもう一冊」と書いているらしいが「何年の年内か」は書いていない『超麺通団6』(笑)について、構想を練るのに苦悩しながら手遊びをしていたら、「流行語大賞」のトップ10に「二季」というのが入っているのが目に入った。調べたら、というか調べるまでもなく聞いたことがあるのだが、「春と秋が短くなって、もう夏と冬の2つの季節しかないみたいだ」とかいう状況を表した言葉だそうで、実際私も最近、身近な人から「秋が短くなって…」という話を何度も聞いた。
ただ、私はそれに対して、ちょっと違う印象を持っている。すなわち、昔なら「秋晴れ」の10月になってもまだ「夏かよ」というぐらい夏が“押して”きているのはわかるけど、「そのせいで秋が短くなっている」という話は、後ろの「冬」がそのままであることが前提になる。しかし、12月になってもまだあまり寒くないということは、冬も後ろに行っているのではないか? ということは、秋は後ろにずれているだけで、実は「冬が短くなっている」だけではないのか? という疑いを持っているのである。
疑問は調べてみなくてはなりません。そこで油断モードを利用して、気象庁のデータから、
(1)1974年と1975年のそれぞれ10月~翌年4月の毎日の平均気温。
(2)2023年と2024年のそれぞれ10月~翌年4月の毎日の平均気温。
を全部引っ張り出して、5度刻みで日数を数えて50年前と比較してみたら、以下のようになっていた。
(平均気温) (10月~4月の日数)
4.9度以下 ……(74/75年) 98日 →(23/24年) 30日 =(増減)- 68日
5.0~9.9度 ……(74/75年)151日 →(23/24年)152日 =(増減)+ 1日
10.0~14.9度…(74/75年) 95日 →(23/24年)106日 =(増減)+ 11日
15.0~19.9度…(74/75年) 70日 →(23/24年) 89日 =(増減)+ 19日
20.0~24.9度…(74/75年) 10日 →(23/24年) 40日 =(増減)+ 30日
25.0度以上……(74/75年) 0日 →(23/24年) 7日 =(増減)+ 7日
やっぱりそうだ。減っているのは「平均気温4.9度以下」のとても寒い日だけで、その他は全部増えている。温暖化が年間を通じてベースアップしていると、当然こうなるはずである。
そこで、これに仮に無理やり季節を当てはめてみると、例えば、「平均気温9.9度未満」を「冬」とすると、合わせて「ー67日」だから「冬がおよそ2ヵ月分減っている」ということになる。そして、「平均気温10.0度~19.9度」を「秋または春」とすると、「秋と春」は合わせて30日も増えていることになる(ちなみに、その日の最高気温は平均気温よりだいたい4~5度くらい高い)。
まあ、平均気温何度から何度までを「冬」や「秋、春」とするかは正解があるものではないが、とにかく「平均気温10.0度~19.9度」の日数は50年前より30日も増えていて、平均気温だけで言えば「二季」という状況にはなっていないのである。従って、
●「二季」というのは、おそらく誰かがファクトベースではなく情緒で「うまいこと言うた」みたいなワードを、メディアがファクトベースではなく情緒で持ち上げて、ユーザーがファクトベースではなく情緒でもてはやした…という類のものではないか?
●もちろん「季節は気温ではなくて“情緒だ”」と言われればこんな気温データは意味がなくなるが、何だか夏が暑すぎるもんだから、我々は「秋」の感覚が実際の気温とずれてきているのではないか?
というのが私の印象である。まあどうでもいい話ではあるが、そういうわけで、とりあえずデータ屋の私は「秋が短くなってきましたねえ」ではなく、「冬が短くなってきましたねえ」と言うことにしようと思う(笑)。
『インタレスト』最終号、校正中。
11月9日(日)についに『インタレスト』の最終号の原稿を終え、最終校正の段階に入った。水曜日にデザインが上がってきて木曜日に校正を行ったのだが、11月の後半は学生が休みの期間に入っているので、集合をかけたら来たのは編集長の坂東だけ。そこで私と坂東が一気に校正してデザインに「一校」を返し、あとは坂東がデータをグループラインで他の学生に送って、日曜日中に校正するように指示を出した。何せ昔、私がしっかり校正して修正を入れた後で学生たちに「授業だから君らも校正してみるか。まあ俺が校正した後やからもう出てこんとは思うけど、頑張って見てみ?」とか言って3セットぐらいコピーして20人ぐらいに回して1時間ぐらい校正させたら新たな修正項目がボロボロ出てきて以来、「先生の目は節穴」という評価が確定しているもんだから、あいつらの校正を待ってからでないと印刷にGOがかけられんのだ(泣)。
というわけで最終号の特集は、
(1)「香川県」は二度消えた~香川の行政区域の変遷(2P)
(2)「讃岐国」を治めてきた者たち(2P)
(3)新しい「讃岐三○」を考えてみた(4P)
(4)香川県の市町の形でキャラクターを作ってみました(2P)
(5)香川県の小ネタデータ・アラカルト(2P)
(6)『インタレスト』バックナンバー・インデックス(3P)
(7)『インタレスト』20年の回顧(3P)
(8)強者42人が白状した2025年「私の好きなうどん店」アンケート、結果発表ー!(4P)
の、何と8本立てである。1本1本はページ数が多くはないが、それぞれ中身は濃いので、たぶん今までの2倍ぐらい読む時間がかかると思う(笑)。ご希望の方は、いつものようにメールで「interest@sg-u.ac.jp」に送付先を明記してお申し込みいただくか、ハガキ等で「〒765-8505香川県善通寺市文京町3-2-1四国学院大学社会学部インタレスト編集部」にお申し込みいただくか、有名うどん店(がもう、山越、なかむら、山内、大島家、日の出製麺所等々)や道の駅滝宮のうどん会館等々で12月1日前後以降にて直接入手してください。あと、12月14日にFM香川ロビーで開催する「『うどラヂ』1000回記念公開収録イベント」にも持って行く予定です。
『オセラ』発売中。久しぶりに「ゲリ通」テイストの会話文が載っています(笑)。
カラスの帰宅時間が早くなってきて、季節の移り変わりをしみじみと感じる今日この頃である。今朝は昨日の雨がすっかり上がって晴れ渡り、仕事前にベランダに出て外を眺めていたら、「キウイが飛びよんか!」と思うぐらい丸々と太ったスズメバチが目の前を飛んで行った。「あいつらもエサをたらふく食って冬支度か」と思いながらこれまた季節の変わり目をしみじみと感じる朝であったが、北の空に湧き上がる雲が入道雲みたいな形をしていて、「夏か? 何か妙なことが起こるんちゃうか?」と思っていたら案の定、昼頃になって突然の豪雨。俺、天気の予測ができるんちゃうか? と思ったという、どうでもいい情報からの「予測できるんちゃうか」つながりでひとつ。
日本シリーズの第1戦、2-1で逆転勝ちして初戦を取った阪神のヒーローインタビューで森下が最後に「甲子園で決めます!」言うた時、私はテレビに向かって「それ言うたらいかん」と声が出たのである。何でかというと、1989年の「巨人ー近鉄」の日本シリーズで近鉄が3連勝した時、近鉄のピッチャーの加藤が「打たれそうな気がしなかった。シーズン中の方がしんどかった。(パリーグ最下位の)ロッテより迫力がなかった」みたいなことを言ったら、怒った(かどうか知らんが)巨人がその後4連勝して日本一になって「加藤の失言」が歴史に残ることになったのを、リアルタイムで見て覚えていたからである。そしたら阪神もその後、ほんまに4連敗して、ほんまに「甲子園で決め」られてしまいました(笑)。まあ森下も勢いで言っちゃったんだろうし、それが一番の敗因かどうかはわからないけどそういうことになってしまったという、まあ最後まで私的にいろんなネタを提供してくれた今年の阪神でした。
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さて、こないだH谷川君と一緒に「一般店1日5軒の荒行」をやってきた様子が載った『オセラ』が発売されたようで、我が家にも掲載誌が送られてきた。こないだの日記ではネタバレを避けてイニシャルトークにしたが、「この10年ぐらいで新しくできた若手の大将がやっているうどん店で、麺のクオリティが高くて方向性もバラエティで団長が注目している店」として選んだのは、西から観音寺の「カマ喜ri」、善通寺の「川川」、丸亀の「時とまる」、「竹寅」、「渡辺」、高松の「瀬戸晴れ」の6軒である。で、早速ページをめくってみたら、むちゃくちゃうまそうな麺の写真が載っとるやないの!
特に掲載1軒目の「時とまる」の麺の写真は、私が近年見た麺の写真の中でも1、2を争うほどの出来栄えである。私はうどんの出来の善し悪しを主に麺で判断するタイプなので、取材の日にカメラマンに「麺のアップを必ず撮ってください」と言っていたのだが、「出来のいい麺を腕のあるカメラマンが撮ったらああいう写真に仕上がる」というやつを、久しぶりに見せつけられた。
続いて「竹寅」も、「カマ喜ri」も、「川川」も「瀬戸晴れ」も麺の表面の微妙な違いをきちんと拾ったいい写真が載っていた。唯一「渡辺」だけ、濃い目のダシに浸かった麺の上に木の葉型天ぷらが乗った「かけ系」のうどんの、麺の凄さが伝わってこない写真が載せられていたが、まあ確かに“木の葉型天ぷらうどん”は「渡辺」の名物ではあるから仕方ないか。けど、特集の頭のリードに「なお、二人の麺への愛が深すぎて、もっとも麺の美しさが伝わる『ざる』や『ぶっかけ』ばかりが登場する点はお許しを」という文章が書かれていたように、「うどんの凄さを麺で見せる」というアプローチは我々は当たり前の讃岐うどんの基本だと思っているけど、時代はそうじゃない方向に行ってるのかもしれない。
あと、各店の紹介文章はほぼ全編、私とH谷川君の「ゲリ通テイスト」の会話文となっております(笑)。最初、ロケに同行した先方のライターさんが紀行文を書いて、その中に私とH谷川君がしゃべった内容をところどころにちりばめるみたいなことかと思っていたら、ゲラでいきなりほぼ全編会話文になっていたので、「会話文ならそうはいかん」ということで“会話文の魔術師”こと私が全部書き直した。ところが、行数も合わせてバシッと叩きつけたら、1行の文字数を間違ってて大幅にカットするハメになったという大惨事に。そのせいでちょっと流れが詰まるところが数カ所あったり、「渡辺の女将さんが落ち着いてない話」がカットされたりしているが(笑)、それでもまあ「進化したゲリ通」の短縮バージョンにはなっているので、よろしければどこかでお目にしてください。敬語が間違ってる気がするけど。
ちなみに、あの取材依頼は大学経由で私のところに来たので大学にも掲載誌が届いたらしいが、こないだそれを読んだ職員から「やっぱりおもしろいですね! 文章がまんま『インタレスト』じゃないですか!」と言われた。違うぞ。逆やぞ。『インタレスト』がまんま「ゲリ通」と『恐るべき』と『TJーKagawa』テイストなんじゃ。
