8日(金)の大阪梅田のトーク&サイン会には、当方天下の大阪では無名の田舎のおっさんなのに50人以上も来ていただいて、驚天動地、クリビツテンギョウの感謝感激である。友人知人数名に加えて、おそらく『うどラヂ』リスナーや、タウン誌時代からの読者や、『インタレスト』経由のファンの方々がたくさん来られていたのだと思う。こないだ数十年ぶりに会ったばかりの「コナモン協会」会長の熊谷さんをはじめ、熊谷さんのお友達の埼玉の「うどん王子」や、奈良の「ぶれーど・う」に行ってきたばかりだというファンや、タウン誌時代の「文化人講座」投稿者の「山田かに蔵」の連れや、同じく投稿者の「酢酸カーミン溶液」の旦那さん(高瀬のカモメの「リヨン」の店主)や、こないだ日記で書いた「3校無しでの印刷回し、恐ろしさのあまり猛暑の大阪でも背筋が寒くなる思いです。赤ペンを用意し刮目して待たせていただきます」という読書の意義を取り違えているとしか思えないメールを送ってきた姉さん(笑)も来られていて、みなさん本当にまことに実に、ありがとうございました。
当日は18:00から1時間のトークに続いてサイン会をやるというスケジュールであったが、開始5分前の17:55分に私が会場のセミナー室に入って、
田尾「すいません、『5分前に本人が前説をやれ』と言われまして…」
というオープニングからとても温かい笑いとリアクションを頂いて(笑)、おかげで何とかスムーズに出だしをクリア。今回は『うどラヂ』のメンバーがいないので、代わりにN日本出版社のU山さんと、U山さんを陰で操る編集者のM田きこさんに相方になってもらって、「10数年ぶりの出版のきっかけ秘話」を皮切りに、「埼玉のうどん王国における情報発信のカギ」というマーケティングの講義まで披露してしまったのであるが、ここで当日参加してくれた50人ぐらいだけに訂正を一つ。途中で「ヨシュアブルーのコーヒーカップと、ソーサーに浮かぶ女木島」の話に暴走した時、「コーヒーカップの持ち手の輪っかに中指を入れる」と言いながら私のこだわりを熱弁したのであるが、家に帰ってコーヒーカップを持ってみたら、あちゃー。輪っかに入れるのは人差し指で、中指は持ち手の輪っかの下にくっつけて支えていました。
そしたら今日、U山さんから電話が掛かってきて、こんな会話が交わされました。
U山「どうもありがとうございました。いやー、めちゃめちゃおもろかったです」
田尾「ほんまですか? どうでもええ話でどんどん行ってしまいましたけど」
U山「いやまあ、やっぱりあれが田尾さんですよ。砥部焼のコーヒーカップの話もすごい熱量で話されてましたし」
田尾「あ、それなんですけど、実はかくかくしかじかで、中指の位置を間違ったまま話してました」
U山「あー、やっぱりそうでしたか。僕も『何か変わった持ち方してはるんやなあ』思いながら聞いてたんですけど」
田尾「ほなその場で突っ込んでくださいよ!」
というわけであった。まあ、どうでもいい話であるが(笑)。あの後、夜の9時過ぎに新大阪を出て日付が変わる前に家に帰って泥のように寝て、翌土曜日は朝から実家のお墓の掃除に行って、昼から水槽の水換えと掃除をやって、また泥のように寝て、今日の昼頃、ようやく全身が穏やかになってきた。もう、無理の利かない年頃である。
