1カ月ぐらい前だったか、『インタレスト』最終号の編集作業が最終局面に入りかけた頃、編集長の坂東から「空いてる日を教えてください」という怪しいオファーがあった。怪しい要件に対しては「空いているけど、内容によっては空いてない」と答えるのが私のモットーであるが(今、「モットー」を調べたら「行動指針として大切にしていること」というちゃんとした英語であった)、内容を聞いたら「『インタレスト』が最終号を終えたので、首脳陣らで打ち上げみたいなのをしたい」とのこと。私は訳あって夜に一人で飲み食いに出ることはほとんどなく、特に学生からのオファーは若いもんの中におっさん一人が入っていくのがトテモ恥ずかしいのでまず乗っていかないのであるが、まあ最終号で頑張った連中だし、来年度からは学生指導も辞めてフェードアウト局面に入るので、とりあえず、言われるままに「12月6日の晩」を空けておいたのである。
ところが、そんな数週間前のある日、インタレスト編集室のたくさん並んでいるmacの中の大きいmac、通称「デカmac」より大きい「ビッグmac」を開けてメールをチェックしていたら、「12月6日の詳細を教えてください」とかいうメールが目に入った。差出人を見ると、ちょっと覚えのない名前…待てよ、何年か前に副編集長をやってたやつじゃないか? どういうことだ。40号の首脳陣7~8人ぐらいで打ち上げするんじゃないのか?
という小さな疑問を一瞬抱えて、しかしすぐに忘れて12月6日当日になった。昼過ぎに大学で、いつも『インタレスト』の配本の一部を頼んでいるH谷川君に来てもらって最終号の受け渡しをしていたら、向こうから見覚えのあるやつが一人駆け寄ってきた。えーと、あ、2年前に卒業した36号の副編の岡田じゃないか。
田尾「おー、今日は何しに大学に来たんや」
岡田「夕方6時から演劇の公演があるんで。すみません、だから今日、打ち上げに行けないんです」
田尾「え? 何で今晩打ち上げするん知っとんや」
岡田「いや、案内が来たんで」
こらー、坂東! どこまで案内出しとんや!
ここで私は確信した。今晩の打ち上げ、40号の首脳陣だけでないぞ。あいつらが知っとるOBも何人か呼んどるみたいやぞ。
そうこうしているうちに夕方になって、私は大学から一旦家に帰って、「18:15に高松市丸亀町の○○(会場の飲食店)前に集合」という案内がメールで金曜日に来てたので(前日かい!)、健康のために歩いて行こうと思って17:40頃に家を出て、30分近く歩いて商店街に入ったら、そこへ電話がかかってきた。着信を見ると、『インタレスト』の創刊号編集長の星野尾からだ。星野尾は卒業してもう20年近くになるが、それなりにビジネスをやっていて、これまで相談事や何かで何度か会ったことがある。また何か話があるんか? けど今日は打ち上げやから時間が取れんぞ…と思いながら電話に出たら…
星野尾「あ、田尾先生、もうどのあたりまで来られてます?」
田尾「どのあたりまでって、どういうことや」
星野尾「いや、もうみんな集まってるんで」
田尾「誰が集まっとんや!」
会場の飲食店に入ると、人が沸いていた。創刊号編集長の星野尾、2号編集長の池田源成、3号編集長の小野、4号編集長の濱谷、6号編集長の中西、14号・15号副編集長の武政、18号編集長の西畑、23号編集長の谷、24号編集長の笠井、副編の溝淵、25号編集長の馬渕、26号編集長の岩瀬、副編の吉馴、特集リーダーの三原とヒラのペレ、29号編集長の藤川、副編の平田、33号副編の岩倉、35号編集長の島、36号編集長の豊嶋、37号編集長の安藝、ヒラの安光、38号編集長の佐野、39号編集長の亀井、副編の亀井と平松、特集リーダーの小笠原、そして40号編集長の坂東と副編の滝口、宮地、池川…
何じゃこりゃー!
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安藝はこの日、この日のために高知から出てきたらしい。「ダム特集」の「ガールズ・ダム診断」で爪痕を残した平田は、この日のために大阪から来たらしい。あと、ここに名前を書き落としたメンバーもいるかもしれないが、まあ何というか、40号首脳陣の打ち上げかと思っていたら、坂東たちが知らない先輩たちにも声を掛けて「インタレスト同窓会」の様相になっていた。
というわけで、県外にいて来られなかったOBや連絡が取れないOBもいたらしいが、みんなそれなりに社会人になって何よりである。プレゼントをもらったりサインをいっぱい書いたりしたが(笑)、何とも『インタレスト』20年の、とてもいいサプライズの締めくくりになった。みんなありがとうね。まだまだ先は長いけど、今日のところは「誠実に、クリエイティブにやってたらたいていのことはどないかなるから、それなりに頑張れよ」と締めとくわ。
