「柳川」道中雑記

 8月21日はまだ大学は夏休みだけど水曜日なので、私はいつものように13:00から『インタレスト』の編集作業日である。しかし、私は中期高齢者のため朝は早起きをしてしまうので(笑)、8:00にはもう研究室に入って雑務をやっていて、11:00に休学を申し出てきた学生の書類にハンコを押してその後の手続きの指示をして、それからいくつも抱えている“雑でない務”に取りかかっていた。すると、11:30頃、野外取材担当の特攻野郎Bチームの原と宇佐がやってきた。

田尾「早いやんか。1時からやのに、まだ2時間以上あるぞ」
原 「いや、朝から写真を撮りに行ってたんですけど、一応予定の場所は全部撮ってきたんで」
田尾「ほな、撮ってきた写真のファイルに全部名前を付けて編集室のパソコンに入れとけ」
原 「わかりました。それで…」
田尾「何や」
宇佐「いや、お腹空いたなと思って」
原 「きっと先生もお腹空いてるんじゃないかと思って」
田尾「で?」
原 「先生は今日、どこのうどん屋に行くのかなあ…と思って(笑)」
田尾「お前ら、俺の机の上見てみ? メチャメチャ仕事してる雰囲気に満ちあふれとるやろが。こんな時にうどん食いに行けると思うか?」
宇佐「やっぱりダメですか」
田尾「一軒だけやぞ」
原・宇佐「やったー!」

 などということになってしまったのである。聞いてみると、どうもインタレストメンバーに「田尾先生にええタイミングで子犬のような目で訴えたらうどん屋に連れて行ってくれるぞ」という怪情報が流れているらしく(今年は編集長の佐野と助監督の安藝を2回連れて行っただけであるから、情報の出所はヤツらに違いない)、まあ原も宇佐も4年やし、彼らの出身は高知と愛媛だから、県外人に「讃岐うどんの何たるか」を実地でレクチャーしないままに卒業されたのでは県外に不本意な讃岐うどん情報が流れてもあまりよろしくないということで、仕方なく、教育の一環として(もうええっちゅうに)、出動してやることにした。

原 「どこへ行くんですか?」
田尾「柳川」
原 「初めて聞きました」
田尾「教育的には“レジェンド”の店から押さえていくのがええんやけど、今日は俺がちょっと行きたいところがあるからそこへ行く。まあ素人には柳川の何たるかが1回ではわからんと思うけど、後で解説するから何かを感じ取れ」
原 「わかりました」
田尾「ただし、片道40分ぐらいかかるからな」
宇佐「え? じゃあ1時に帰ってこられないんじゃないですか?」
田尾「書き置きしといたらええが」

 と言って、A4のコピー用紙にホワイトボードマーカーで「佐野たちへ。先生は原と宇佐がどうしてもと言うので仕方なく観音寺のうどん屋に行ってくるので、帰ってくるのは1時を確実に過ぎるのでよろしく」と書き置きをして、11:45頃、車で「柳川」に向けて出発した…と書き始めたが、この日の「柳川」と勢いで行った「白栄堂」の茶房での出来事と、帰って来た後の2~3時間の編集作業で起こった出来事まで書いていたら1万字を越える「ゲリ通」の一本ネタになってしまいそうなので、今回は行きの道中の会話をちょっとだけ。

 時節柄、就活の話になった。

宇佐「先生は“第一印象”ってどれぐらい大事だと思います?」
田尾「大事だと思ってない」
宇佐「え! 何でですか」
田尾「“第一印象”いうのは初めて会った時の最初の一瞬だけのことだから、社長として『こいつとこれから一緒に働いて付加価値を出す』という目的をちゃんと持っていたら、そんなものはあんまり関係ないからや。少なくとも俺は面接の“第一印象”で採用したこともないし、面接の“第一印象”をその後の評価基準にしたこともない。」
宇佐「言われてみれば確かに」
田尾「だからちゃんとした上司とか経営者とかは、応募者の“印象”でなくて“本質”を探ろうとするわけだ。まあ第一印象だけで人を判断するいうのは『何かの成果を上げる』とか『付加価値を出す』とかいう目的を持ってない人がどこかでやってるかもしれんけど、少なくとも俺は、そういう場面に出くわしたことはないわ」
原 「なるほど」
田尾「ちなみに、お前がもし採用する側の社長だったら、第一印象だけで採否を決めるか?」
宇佐「決めないですね」
田尾「まあそういうことや」

**

宇佐「某社の集団面接に行ったら、他の学生がみんなその会社のことをすごく研究してきてて、質問に対する答えがいちいち深いんですよ。僕はそんなの会社案内に書いてあることぐらいしか準備してなかったんで、うまく答えられなくて。やっぱり企業研究って大事だなあと思って…」
田尾「それも同じように採用する側の社長になって考えてみ? 自分が社長だったら、面接に来た学生が自分とこの会社についてメチャメチャ詳しく説明してきたらどう思う?」
宇佐「熱心なやつだ、とか」
田尾「まあ普通そうかもしれんけど、例えば自分が何かの専門家とかマニアだったとして、そこににわか研究で『それはこうですね』とか『それはこうすべきだと思います』とか言うてくるやつがおったら、ちょっとムッとしたりせんか?」
宇佐「あー、それはあります」
田尾「するとやね、会社の社長は実践を積みに積んできとるから、自分の会社のことをたぶん一番よく知っとるわ。そこへ、仕事の経験もない学生がわかったようにしゃべってきたら、“お前に何がわかる”みたいな気持ちがちょっとあったりするかもしれんぞ」
原 「うわー、難しいですねえ」

 まあ、難しいんだよ(笑)。

 「人間同士」というのは何かと難しい。少なくとも、マニュアルでどうこうできるものではない。例えばいろんな就活マニュアルに書かれている“目先のテクニック”みたいなものはマスターするに越したことはないのかもしれないけど、「自分が社長だったら」と考えながらよくよく吟味したら、「そういうものでは最終判断はしない」というものが結構あることに気がついたりする。ロシアとウクライナの問題を語る識者やコメンテーター等の数々のご意見も、「あなたがゼレンスキー大統領だったらどうする?」と考えれば、そう簡単に批評できなくなることに気付いたりする。いや、そんな大きな話に持って行くつもりはないが。

 それにしても、人間の能力とか魅力とか、そういう情緒の本質的なものまでマニュアルに頼って、マニュアルで判断したり、「マニュアルで判断される」と思ってしまったり、マニュアルで身につけようとしたりするのは、近年の若い世代の一つの傾向なのかとも思うが、採用する側も私より若い世代になってるはずだから、今はもうそれでオッケーな時代になってるのか。もしそうなら、私の価値観でアドバイスするとトンチンカンなことになるのかもしれんが、まあおっちゃん、こんな話しかできんので、それなりにあしらっておいてくれ。