「愛と青春の007」

 いつ既報したのか忘れたが既報の通り、我が家夫婦の外食は歳をとってきたせいもあって行く店がかなり偏っているのだが、我が家の「なじみの店」の店主たちは我々夫婦より年上が多くていつ店を閉めるかわからないという懸念がちょっとだけある(失礼)。そこで、新たな「なじみの店候補」を見つけようと思ってたまに初めての店に入ったりすることもあるのであるが、この10年ぐらい、1回行っただけで我々夫婦の味覚や雰囲気に合わなかったり、1回行って「お」と思って日を開けてもう1回行ったら「あれ?」みたいな店も何軒もあったりして、なかなか「なじみ候補」に出くわさないのである。もちろん、一般的な店の評判や評価の話ではなくて「我々夫婦の望む味や雰囲気に合うかどうか」という個人的な好き嫌いが物差しであるが、そんなこないだの月曜日の夜、夫婦で久しぶりに「初めての店」に行ってみた。すると、「ハズレ」でした(笑)。

 状況を詳細に描写すると店が特定されそうなので表現にモザイクを掛けて書くと、注文して出てきたメニューが、家内の分は「表の食品サンプルの方がうまそうなやいか」というような、「いつから作り置きしとんや」というようなビジュアルで(「店頭に食品サンプルがある店」に絞られたか・笑)、私の分はベースがご飯で上に具材が掛かったメニューだったが(カレー系か丼系あたりに絞られるか・笑)、上の具材はそれなりにおいしかったのに下のご飯が「朝、盛り付けてだいぶ固まってしまったのをレンジでチンしてほぐしもせずに出してきたんか?」という感じの熱々に固まった状態で、私はご飯部分をレンゲで粘土を削るみたいにして食べながら、4分の1ぐらい残して帰った。4分の3も食べたのは、上の具材が「腹が減ってたからそれぐらいは食べてしまった」というぐらいの味だったからであるが、帰りの車の中で我々は「あの店はもうええか」という結論に達して、パンを買って帰ったのである。

 さて、本題はここからである。翌日の朝。私は9時に予約していた美容院に行くために着替えて、「今日の服にはあのマフラーやな。昨日も同じマフラーやったけど、違う場所に行くからええやろ」と思って探したら、そのマフラーがない。なんぼ探してもない。家内に「昨日のマフラー、洗った?」と聞いても「洗ってない」と言う。「車の中に忘れたんかな」と思ってとりあえず駐車場まで行って確認したら、車の中にもない。思案の末に出た結論は、

 昨日の店に忘れたんだ。

 8時半過ぎ、確認のために昨日の店に電話をしたら、誰も出ない。仕方なく、まずは美容院に行って男前に仕上げて(ウソをつきました。仕上がったけど男前にはならなかったことを、ごんから鬼のようなツッコミが入る前に書いとかないかん)、10時過ぎに再度店に電話をしたら女性が出たので「昨日の夜、そちらで食事をした者ですが、マフラーを忘れてませんでしたか?」と聞いたら「あ、ありますよ」と言われた。

田尾「今から取りに行ってもいいですか?」
女性「今から?」
田尾「10分ぐらいで行けると思います」
女性「10分、今…あ、はい」

 ん? ちょっと日本語が怪しいぞ。けどマフラーがあったことは確認できたので、私は10分後、その店に行った。

 行くと、店はまだ開いてなくて準備中で、店内には誰も見えない。「すみませーん」と言ってみたが、誰も出てこない。でも、客席から見えない厨房の奥で何か作業をしている音が聞こえるので、ちょっとのぞき込んで「すみませーん!」と声を掛けたら、作業中のおじさんが出てきた。「あの、昨日マフラーを忘れたんですけど」と言うと、たぶん店主らしいそのおじさんは満面の笑みを浮かべながら表に出てきて、ちょっとたどたどしい日本語で「あー、そこに置いてある」と言った。推理の根拠を書くと店の種類がバレるが、たぶん中国人だ(笑)。

 私が「ありがとうございます。助かりました」と言うと、店主は終始笑顔で、片手間ではなくきちんとこちらに向いて「よかったね」と言ってくれた。めちゃめちゃいい人だ。ナンカレーのネパール人もそうだけど、私は外国から日本に来て一生懸命頑張って働いている「いい人」は、無条件で応援したくなる。私は昨日出てきた料理のことは棚に上げて、こっちも満面の笑みを返しながら手を挙げて、「ありがとうございました! また来ますー!」と言ってマフラーを持って店を出た。

 程なくして、家内から「マフラー、あった?」というラインが来たので、「あった。メチャメチャええ感じの中国人らしいシェフのおっちゃんが出てきたから、“また来ますー”言うてしもた」と返したら、一言、「よわ」と返ってきた。

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 というわけで、あの店、もう一回行くかどうか葛藤中である。応援したいけど、あれがまた出てきたらちょっとヘコむ。たぶんまあまあの腕はあるんだろうけど、客が途切れた時のオペレーションがよくないんだ。とすると、客が来て忙しく回っている時は、それなりにいい状態の料理が出るのかもしれない。けど、出ないかもしれない。まあいつもなら「もうええか」になるところだけど、メチャメチャ「いい人」みたいな片鱗が見えたからなあ(笑)。

 ちなみに、私は情緒がかなり単純なので、映画は『007』や『スターウォーズ』や『ジェイソン・ボーン』や、古いものでも『スティング』みたいなやつが好みで、「重い映画」と「ハッピーエンドでない映画」と「愛と青春モノの映画」はまず見ない…という話をしてたら、それを聞いた仲間から「『007』の新作で『愛と青春の007』いうのが出たらどうする?」と聞かれて、「浜村淳にオチまで全部語ってもらって、それを聞いてから半年ぐらい考えて判断する」と言ったことがある。それに匹敵する葛藤が今、あの店にもう一回行くかどうかで起こっている…というどうでもいい話を無理やり表題をこじつけて書いてみたがどうか。