ふう、暑いのう日本はオラー。

 こないだ6月の平均気温ネタをやったばかりだが、あまりに暑いので「オラー」を付けて7月も調べてみた。まず、前回と同じように気象庁のデータベースから、今回は30年ごとに高松と財田と東京の7月の平均気温を5年の塊で拾ってみたら、こういう数字になった。

<7月の平均気温>
 年  高松 財田 東京
1961 27.3  ー  27.4
1962 26.0  ー  25.1
1963 26.7  ー  25.7
1964 27.7  ー  25.5
1965 26.2  ー  24.2
  ……………………
1991 27.4 26.5 26.7
1992 26.6 25.2 25.5
1993 25.0 24.3 22.5
1994 29.6 28.4 28.3
1995 27.4 26.1 26.4
  ……………………
2021 27.7 26.0 25.9
2022 28.6 27.2 27.4
2023 28.5 27.2 28.7
2024 29.5 27.9 29.0
2025 30.3 27.9 33.2

 で、これだけでは「何となく上がってきている気がするなあ」というメッセージしか出てこないので、前回と同じように5年の塊ごとの平均を出して並べてみると、こういうことになった。

<高松市の7月の平均気温(℃)>
(1961~1965年) 26.8
(1991~1995年) 27.2 <+0.4>
(2021~2025年) 28.9 <+1.7> (60年前から2.1度上昇)

<財田町の7月の平均気温(℃)>
(1961~1965年) 観測値なし
(1991~1995年) 26.1
(2021~2025年) 27.2 <+1.1> 

<東京都の7月の平均気温(℃)>
(1961~1965年) 25.6
(1991~1995年) 25.9 <+0.3>
(2021~2025年) 28.8 <+2.9> (60年前から3.2度上昇)

 以上のデータから、

●やっぱりなぜか、東京より高松の方が暑い。
●やっぱり、一番都市化されていなくて山に近い財田が一番気温が低い。

 ということが確認できた。続いて少し細かく数字を見ると、

●直近の30年の方が、その前の30年より気温の上昇度が断然大きい。
●特に、東京の直近30年の気温上昇度合いが異常に大きい。
●さらに、東京は今年の上昇度がすごいことになっている。
●6月の平均気温の推移と比べると、7月の方が上昇度が大きい。
●平均気温は6月も7月も、60年前から大体2~3度ぐらい上がってきている。

…等々、60年スパンのデータで大きな動きを見ると、大まかにそういう推移であることがわかった。

 ちなみに、また二酸化炭素の話をすると、ノーベル物理学賞を受賞した眞鍋淑郎博士が当時「二酸化炭素濃度を300 ppmから倍の600 ppmにした時、地上の平均気温は2.36 ℃上昇するという計算結果が出た」と報告されている。そして、気象庁のHPによると1960年頃の二酸化炭素は350ppmあたりで、2025年頃にはそれが430ppmぐらいに増加、つまり23%ぐらい増えていて、これを眞鍋博士の「2倍になると2.36 ℃上昇」という計算に当てはめると、二酸化炭素増加分の気温上昇はこの60年間で「0.54度」ぐらいになる。

 でも、高松の6月平均気温はこの60年間で「2.3度」、7月は「2.1度」、東京の7月は「3.2度」も上がっているので、普通に考えれば「この60年の気温上昇は、二酸化炭素以外の要素が大きな原因を占めているのではないか?」となるのだが、メディアではまだ「二酸化炭素主犯説」の一択のようである。

 けどまあ、仮に二酸化炭素以外の影響が大きいとしても「ではどうすればいいのか?」となると、太陽活動はどうしようもないし、都市化も劇的に止められる気がしないので、特に私に代案があるわけではない。よって、太古の昔から人類や動植物が気候変動に対して「我慢」を含む「適応と移動」で対処してきたように、とりあえず微々たる微々たる心がけをしながら、「まずは我慢するしかないか」と思っている次第である。

 というわけで、今、全英女子オープンで私が静かに応援している山下がトップで予選を通過しているので、今晩はエアコンの効いた部屋で、CSで生中継を見ることにする。あと、私が静かに応援している将棋の藤本がこないだ名人戦の順位戦でこれまた私が静かに応援しているレジェンドの羽生に勝ってしまったので、しょうがない、あとは藤本と羽生が残りを全勝して2人で昇級してくれることに期待することにする。今週は炎天下の中、「NHKワールド」の制作会社に頼まれて火、水と2日連続で「山内」「山越」「なかむら」「おか泉」「一福」と五色台の展望台を回ってきて、昨日は「按摩仙人」で1時間全身をほぐしてもらったが、まだ少々お疲れ気味である。